いちごゼリーの場合

ゼリー 映像 スピーカー 皿 スプーン 椅子
2006
アートパス2006, 東京藝術大学, 茨城

実際の紛争において、爆破や銃撃によって死を迎える人々がいる一方、戦争ゲームを楽む人々もいる。
爆破後の惨状や人々が受ける痛みといったものは省略されている。
ゼリーを肉体に例え、それが受ける衝撃を観察し破壊することの意味を考えたい。

笹川治子の『いちごゼリーの場合』は、舌にのせるとふっと溶けるいちごゼリーを、暴力的な存在として見つめ直した作品である。
映像の冒険によって、甘いデザートが、世界の紛争地帯へと接続される。
深紅の不安定な物質が、いつのまにか、傷口から吹き出る血へと変換され、絶望的な状況にある人間たちの悲鳴が聞こえてくるようだ。
時空を飛び越え、日常の虚飾を暴き出すこのインスタレーションは、不安と恐怖のおののく人類の現在そのものなのであった。    長谷部浩